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最高裁判所第三小法廷 平成3年(あ)1087号 決定

本店所在地

東京都千代田区神田鍛冶町三丁目七番地

株式会社タマルエステート

右代表者代表取締役

筥崎良允

本籍

栃木県栃木市本町六一三番地

住居

東京都世田谷区梅丘二丁目一七番一号

会社員

福田博司

昭和一二年九月八日生

本籍

東京都渋谷区代々木五丁目三一番

住居

同渋谷区代々木五丁目四二番四-三〇七号

会社役員

福田稔

昭和一八年二月一九日生

右株式会社タマルエステートに対する法人税法違反、福田博司及び福田稔に対する各法人税法違反、所得税法違反各被告事件について、平成三年一〇月一四日東京高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人らから上告の申立てがあったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件各上告を棄却する。

理由

被告人福田博司及び被告人福田稔の弁護人佐藤義行の上告趣意のうち、所得の帰属に関して判例違反をいう点は、原判決の判断していない事項に関するものであり、その余の判例違反をいう点は、本件分配金は情報提供及び取引関与の便宜提供という役務の対価としての性質を有するものであるから一時所得には該当せず雑所得に属するものであるところ、所論引用の判例(名古屋高裁金沢支部昭和四〇年行(コ)第二号昭和四三年二月二八日判決・行裁集一九巻一・二号二九七頁)は、取引の継続性という観点から一時所得と事業所得のいずれに当たるかを判断したものであって、本件と事案を異にし適切でなく、その余は、単なる法令違反の主張であり、被告人株式会社タマルエステート及び被告人福田博司の弁護人神宮壽雄、同勝尾鐐三の上告趣意は、量刑不当の主張であって、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 園部逸夫 裁判官 可部恒雄 裁判官 大野正男 裁判官 千種秀夫 裁判官 尾崎行信)

平成三年(あ)第一〇八七号

法人税法違反・所得税法違反被告事件

上告趣意補充書

被告人 福田博司

同 福田稔

右の者に対する法人税法違反並びに所得税法違反被告事件につき、次のとおり上申いたします。

平成四年三月三一日

弁護人 佐藤義行

最高裁判所第三小法廷 御中

第一 当弁護人の平成三年一二月二五日付上告趣意書の次の一ないし三の誤記がありましたので、お読替えのうえ訂正いたしたく上申いたします。

一 一四頁八行目末尾の「上告人」は「上告人会社」の誤記であります。

二 一九頁一一行目の「同法三四条一項」は「同法三五条一項の誤記であります。

三 三二頁五行一七字目の「と」は「を」の誤記であります。

第二 右同上告趣意書に次の脱漏がありましたので補充いたしたく上申いたします。

一 二四頁八行目「対価性はなく」と「むしろ」の間に「右第二審判決の論旨を敷衍するならば」を補充いたします。

二 二八頁四行目の「一時所得」と「であり」の間に「とも解されなくはないの」が脱漏しておりますので、これを補充し、「一時所得とも解されなくはないのであり」と訂正いたします。

三 三〇頁二行目の「名古屋高等裁判所」と「昭和三四年二月二八日判決」の間に「金沢支部前掲」を補充いたします。

第三 三一頁六行目の「右両判決」の「両」、同頁一〇行目の「右両判例」の「両」、三二頁九行目の「右両判決」の「両」、三五頁五行目の「両判例」の「両」及び同頁七行目の「両判例」の「両」はいずれも削除いたします。

平成三年(あ)第一〇八七号

上告趣意書

法人税法違反 被告人 株式会タマルエステート

法人税法違反・所得税法違反 右同 福田博司

右の者らに対する頭書被告事件につき、平成三年一〇月一四日東京高等裁判所第一刑事部が言い渡した判決に対し、被告人らから申し立てた上告の理由は左記のとおりである。

平成三年一二月二六日

弁護人 神宮壽雄

同 勝尾鐐三

最高裁判所第三小法廷 御中

原判決が、本件について、被告人株式会社タマルエステートを罰金三〇〇〇万円に、また、被告人福田博司を懲役二年一〇月及び罰金二億五〇〇〇万円にそれぞれ処した第一審判決を是認し、被告人らの控訴を棄却したのは、以下の諸事情から刑の量刑が甚だしく不当であり、これを破棄しなければ著しく正義に反する。

第一 原判決の量刑に関する判断

1 原判決は、被告人株式会社タマルエステートの量刑判断を具体的にしていないが、被告人福田博司の量刑について不利益な事情として、次のように判示する。

すなわち、『論旨は、要するに、原判決の被告人博司に対する量刑は、重過ぎて不当である、というのである。そこで、原審の記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果を加えて検討するに、本件は、中央信託本店の不動産営業部次長の地位にあって、同本店における不動産取引の業務に従事すると共に被告会社の実際上の経営者としてその業務全般を統括していた被告人博司が、(1)前記第一のとおり、被告人稔及び吉田と共謀して、二事業年度に亘り、被告会社の所得金額を秘匿した上、虚偽過少の申告を行って、不正の行為により、被告会社に対する法人税額合計一億二三二四万八〇〇〇円を免れ、(2)被告人稔と共謀の上、被告人博司の所得税を免れようと企て、不動産業者らから獲得した本件分配金を仮名で預金したり、これを原資として、割引債券を購入して第三者名義の貸金庫などに保管したり、外国に設立した現地法人の名義で外国の不動産を取得するなどの方法により、同被告人の所得金額を秘匿して、昭和六〇年分及び同六一年分の実際総所得金額の合計が一五億三二九四万四二九三円であったのに、各納期限までに各所得税確定申告書を提出しないで、それぞれ右期限を徒過させ、もって、不正の行為により、各源泉徴収税額を控除した二年分の正規の所得税額合計一〇億四三五〇万〇九〇〇円を免れた、という事案である。右に明らかなように、本件逋脱額は極めて巨額であり、殊にその大半を占める所得税法違反の点は、悪質な所得秘匿工作を伴う不申告事犯である。被告人博司には、中央信託における地位と職責上、不動産取引に伴う種々のリスクに備えて資金を準備する必要がなかったとはいえないとしても、各犯行の主たる動機が、同被告人の個人資産の蓄積にあったことは、余りにも明らかであって、もとより酌むべきものとは考えられない上、同被告人は、一連の所得秘匿工作の主導者であり、その手口、態様が、巧妙、かつ、大胆なことに加えて、同被告人は、本件に関する税務調査の開始後も、単なる否認に止まらず多数の関係者を巻き込んだ積極的な罪証湮滅工作に及んでいること、原判決指摘の如く、本件における被告会社や被告人博司の所得の大部分は、同被告人が中央信託の利益を図るためと称しながら土地の転売を繰り返し、その都度不動産業者を介在させるなどの方法で獲得したものであって、かかる所得の獲得方法そのものが強い非難に値する点も看過できないことなどに鑑みると、同被告人の刑責は、かなり重大というほかなく、本件が懲役刑の執行を猶予すべき事案でないことは勿論、所得税法違反の罪については、相当額の罰金併科を免れないものである。』と判示する。そして、弁護人主張の被告人に有利な情状に関する個別の主張を排斥し被告人に有利な事情を判示した上、被告人福田博司に罰金刑を併科し懲役刑につき実刑判決を言い渡した原判決を是認した。

2 しかしながら、以下に述べる諸事情を考慮すると、原判決は、被告人福田博司に多額の罰金を併科した上、その懲役刑に執行猶予を付さなかったこと及び被告人株式会社タマルエステートを罰金三〇〇〇万円に処した量刑は著しく重きに失し不当であるから、到底破棄を免れないものと思料する。そこで以下においてその理由を述べる。

第二 被告人福田博司は、本件を深く反省しており再犯のおそれはない。

被告人福田博司は、国税局の調査段階において、特に所得税法違反の点につき、その犯行を否認するなどしていたものの、検察官により逮捕勾留されるや、直ちに本件法人税法違反及び所得税法違反の各事実を全面的に認めて深く反省し悔悟して、今日に至っている。

被告人が国税局の調査段階で犯行を認めなかったこと及び関係者とともに湮滅工作を行ったことは遺憾であるが、それは自己の可愛さ、他の関係者に及ぼす影響、更には利害のある関係者からの勧めもあったことなどもあり、人間の弱さから出たもので、その後反省して態度を改めたことからしても、右否認等していた点を強く批難することは妥当ではないと思料する。

そして、むしろ捜査段階でひとたび本件犯行を認めて反省してから後は、公判においても終結全面的に本件各事実を認めてその責任を一層痛感し納税に勤め反省の日々を送っているところである。したがって、被告人の本件に対する強い自覚と深い反省悔悟の態度からすると最早再犯のおそれはないものと確信する。

第三 本件に関し期限後申告若しくは修正申告の上、本税等を完納している

被告人は、右のとおり本件犯行を認めてから、本件法人税違反及び所得税法違反の点につき修正申告及び期限後申告をして納税に全力を尽くすことを誓約していたものであるところ、平成元年一二月一九日の一審における第一回公判終了後、保釈許可されてから、直ちにこれを実行に移し、所得税法違反の点については、平成二年一月二二日に起訴対象の昭和六〇年分及び同六一年分につき自発的に期限後申告を行い、また、法人税法違反の点についても被告会社の代表者らと協議の上、平成二年一月二四日に起訴対象の昭和六〇年度九月期及び同六一年九月期はもとより、起訴されなかった昭和五九年九月期についても自発的に修正申告を行ったものである。

のみならず、期限後申告に伴う被告人の所得税については、全力を尽し、申告後早期の平成二年五月一七日までに本税はもとより附帯税も完納し、地方税についても全額納付したのである。

その納付した国税・地方税の合計額は一八億二〇八九万七〇〇〇円にのぼっており、ほ脱した所得の一〇〇パーセント近くにまでなっているのである。

他方、被告会社の右の修正申告に伴う三期分の法人税についても、被告人が尽力して本税及び附帯税はもとより地方税についても全額納付しているのである。

被告人が、右のように本件に関し積極的に期限後申告及び修正申告をなして、これに伴う国税、地方税全額を早期に納付したのは被告人の深い反省と強い自覚の現れであり、その誠意と努力は量刑上十分評価されるべきである。

そして、このように納税したことにより、本件所得税法違反及び法人税法違反の点すべてについて国家課税権侵害による被害は完全に回復しているのである。

第四 被告会社は、経営体制を刷新し経理面の充実、税務処理の適正化を計っている。

被告会社では、本件の反省と被告人を含む関係者の自覚から、法人として信用を回復し、健全に発展させるべく、新たに外部から代表取締役として筥崎良允を迎えるなどして経営体制を刷新し、かつ経理面においてもこれに精通した者を補充したほか、税務顧問として清水勝税理士を迎え、その強力な指導、監督のもとにいわゆるガラス張りの経営に徹することとし、帳簿組織を整理するなどし、今後正しく経理処理し適正な税務処理及び申告納税に努めることとした。

したがって、これからの面からしても、被告人及び被告会社において再犯のおそれは全くないものと確信する。 また、被告人福田博司は、被告会社の株主であり、今後とも被告会社と係わりをもっていくことになるが、同被告人らの独断による不正な行動は、右の改善状況及び同被告人らの強い自覚及び反省悔悟とあいまって最早おこりえないものと確信する。

第五 被告人の本件脱税の動機について

被告人は、本件所得税及び法人税のほ脱を通じ、自己の資産形成を図ろうとしたことは事実であるとはいえ、他方そればかりではなく不動産取引は種々のリスクを伴うものであり、それらを銀行や関係者に負担させるわけにいかず、そのために資金を準備しておく必要もあったという一面もあり、被告人の本件犯行の動機がすべて私利私欲のみから出たものとばかりはいえない面があることも考慮さるべきである。

第六 本件に関連する支出について

1 本件法人税法及び所得税法違反事件におけるほ脱所得については、両者の区分は被告人の供述等により一応なされているが、これらほ脱所得に関しては両者の区分がなされないまま保管、使用されていたことなどから、両者が明確に区分認識されていたか否かいささか疑問な点があること、本件法人税法違反事件で被告会社には、簿外経費等が全く認められていないこと及び本件所得税法違反事件では被告人の得た利益分配金が雑所得と認定されているため、その性格から収入を得るにつき間接的な支出があっても経費として全く認められていないなどの問題点がある。しかしながら、被告人は昭和六〇年には約八三〇〇万円、同六一年には約一億七〇〇万円を飲食、タクシー代等として支出しているほか、吉田邦弘らに対しても支出されているのである(検察官申請の乙二七の被告人福田博司検察官に対する供述調書末尾添付の資料一~一一、同乙二六の同資料一~五参照)。弁護人としては、これらを経費として主張するものではないが、少くとも本件取引等とかかわりをもつ潤滑油ともいうべき間接的な支出も相当額含まれており、これらが被告人の手元から流出してしまっていて、実質的に見ると被告人及び被告会社の所得を形成していないことは明らかであるから、この点は情状の面で考慮されて然るべきである。

2 ところで原判決は、右の飲食、タクシー代等の支出についても、被告人福田博司の『供述するような支出の存在自体が甚だ疑問である上、仮に支出したとしても、内容的に余りに具体性を欠き、到底、所得税法三七条一項の「必要経費」とは認め難い』と判示し、また、吉田邦弘に対する支出について、『相手方の吉田は、右金員受領の事実を否定している状況であって、その存在に疑問がない訳ではない上、仮に支出したとしても、被告人博司自身も、個人的なプレゼントである旨供述しているに過ぎない』と判示して(原判決九丁表)、必要経費性を否定して弁護人の主張を排斥している。しかし、証拠上右のように支出されていて、被告人の手元に留保されていないことは明白であるのに支出自体すら否定した上、仮定的に、支出が認められるとしても経費性がないからとの理由で同被告人に有利に斟酌しようとしない原判決の姿勢には到底承服し難い。弁護人は経費性そのものを主張しているのではなく、被告人の手元から流出してしまっている上、経費性はなくともこれに近似しているのであるから、たとえ経費性が認められないとしてもこの流出の点を情状として考慮さるべきであると主張しているのである。

第七 被告人の留保資産が流出しており回復困難であることについて

1 また、被告人の身から出たさびと云われても已むを得ないとはいえ、本件ほ脱による留保資産のうち前田秀雄に移した約九億五〇〇〇万円相当の海外資産、武捨義隆に渡した三億円余り及び福田敏夫らに詐取された一億円は現在に至るも未だ被告人の手元に戻ってきていない上、これらが被告人の手元に戻るか否かは覚束ない状況にある。

したがって、本件による留保資産とされているものは、現実には殆ど手元になく、しかも債券等として手元に残っていたものはすべて納税資金に充ているところである。

2 原判決はこの点につき『所論は、本件犯行によって留保された被告人博司の資産のうち、〈1〉前田秀雄に名義を移した約九億五〇〇〇万円相当の海外資産、〈2〉武捨義隆に交付した約三億円の金員、〈3〉福田敏夫らに交付した約一億円の金員は、いずれも回収が困難な状態にあり、これらの資産が流出してしまった点を情状面で考慮すべきである、と主張する。しかし、仮に所論「流出」が認められるとしても、税務当局に対する工作資金の名目で詐取されたという〈3〉の場合は、もとより、〈1〉、〈2〉の場合においても、資産の流出は、被告人博司らが、本件各逋脱事犯の発覚を惧れ、これに備えて様々な対策をとったことから生じた事態であって、かかる流出について、これを被告人博司に特に有利な情状とみることは、必ずしも相当でなく、この所論も採用できない。』と判示する(原判決九丁裏)。

しかし、詐取されたものも含め、被告人の手元から流出してしまっていることを被告人に特に有利な情状とみることが必ずしも相当でないと判示するその根拠が明らかではなく、承服し難いところである。

3 ところで被告人は、このような資金的に苦しい状況にあっても、本件にかかわる国税・地方税は前記のとおり完納したのである。

被告人の所得税法違反による税負担は、本税、附帯税、地方税を含めると、ほ脱所得の一〇〇パーセント近くに達し極めて重い税負担であるのみならず、この納税資金の殆どは借入金によっているため、この返済に相当長期にわたる重い負担を背負っている上、本件により刑罰としての多額の罰金を併科されているのであり、その経済的負担は極めて大である。したがって、このような事情も十分考慮さるべきである。

4 最近、東京地方裁判所において、元代議士の被告人稲村利幸に対する所得税法違反被告事件について、同被告人を懲役三年四月の実刑に処したものの罰金刑を併科しない判決がなされたことは周知のとおりである(平成三年一一月二九日判決)。懲役刑につき実刑にした場合、罰金刑を併科しないことはひとつの考え方として賛同できる部分がある。もっともその理由についてはいろいろ批評がなされているが、少なくとも懲役刑につき実刑に処する場合、これ自体強力な刑罰である。しかもこれとは別に重加算税等の重い財産上の行政的制裁を課せられて、ほ脱所得の一〇〇パーセントを納付しているのに、更に重い罰金刑を併科することの意義は貧しいばかりではなく、余りに苛酷にすぎると思われる。本件において被告人福田博司は右のとおり苦しいながらもほ脱所得の一〇〇パーセントもの税金を完納しているのである。被告人福田に懲役二年一〇月もの実刑を科する以上、二億五〇〇〇万円もの罰金刑を併科することは刑政の上から極めて問題があり、また、仮に罰金を重くするのであれば懲役刑につき執行猶予を付するなどしても、充分制裁としての意味を持つし一般予防の効果もあげうるものと思われる。この点は前記稲村に対する判決がなされたことでもあり、被告人らの関係においても是非検討願いたいところである。

第八 社会的制裁を受けていることについて

1 被告人は、昭和六二年に国税局の査察調査が入った直後から、逮捕、勾留、起訴及び公判に至るまで数次にわたり新聞、テレビ等で本件が大きく報道されたことにより、被告人の精神面をはじめ家庭生活上等に多大な打撃を受けており、マスコミが発達した今日、これらの報道の一般社会に及ぼす影響が極めて大であることを思うと、被告人は、これにより既に刑罰に比肩すべき社会的制裁を受けていると云っても過言ではない。

2 しかも被告人は、本件法人税法違反事件により平成元年九月二七日逮捕の上勾留されてのち更に所得税法違反事件で再度逮捕勾留され、同年一二月一九日に保釈許可されるまで八〇日以上自由を拘束されていたものであり、この点においても刑罰に相当する制裁を受けているものである。

原判決は、未決勾留日数中三〇日を被告人の懲役刑に算入している第一審判決を是認しているとはいえ、右の点を考慮すると未決勾留日数の算入も十分でないように思われる。第九 地価高騰との関係について

近時の地価高騰は社会問題であるとはいえ、この原因には構造的な問題、需要のバランス、行政、通貨当局及び金融機関の姿勢、金融事情等の諸要因があるのであり(行政による本件後の土地関連融資の自粛通達及び本年五月九日付、いわゆる日銀リポート、同月一〇日付日経新聞)、脱税事件として責任を問われている被告人らが多額の利益を得たからと云って、これをひとり被告人らの責任とするのは妥当ではない。

なお、被告人は本件において多くの不動産取引にかかわりをもったものの、不動産取引にはとかくトラブルが生じがちであるが、幸いにもこれら被告人が関与した不動産取引において、関係者から喜ばれ感謝こそされていても、クレームがつくなどトラブルは全く生じていないのである。これは被告人が不動産取引のプロとして誠心誠意対応していたからにほかならない。この点も十分考慮されるべきである。

第一〇 被告人の銀行における実績と退職等について

被告人は、本件が発覚した後の昭和六二年七月、本件の責任をとり永年勤務した中央信託銀行を退職したものである。

ところで被告人は、同銀行在職中同銀行に対し、被告人の最近の働きにより金利及び仲介手数料収入として約一七〇億円の利益を上げさせたのであって、本件により銀行及び社会に迷惑をかけたという一面があるとはいえ、在職中相当の実績をあげていたものであることは評価されて然るべきである(被告人質問及び平成元年一一月九日付日経新聞朝刊等)。

そして、被告人は今回の事件を契機に、今後の人生において法令を遵守するはもちろん、なんらかの形で社会に少しでも役立つことをして貢献しながら贖罪をしていきたいと念じているのである。

第一一 他の税法違反事件との比較

最近判決のあった本件と類似する税法違反事件につきその重要な要素と思われる脱税額と量刑との関係をみると次のとおりである。

1 所得税法違反事件

イ 七億八〇五二万円の所得税法違反

懲役一年六月及び罰金二億五〇〇〇万円

(昭和五八年一〇月二八日福岡地方裁判所判決)

懲役一年及び罰金一億五〇〇〇万円

(右事件の控訴審、昭和六〇年一月三一日福岡高等裁判所判決)

ロ 八億一四三五万円の所得税法違反(詐欺事件を含む)

懲役二年六月及び罰金一億円

(昭和六〇年一〇月七日金沢地方裁判所判決)

懲役二年及び罰金一億円

(右事件の控訴審、昭和六二年二月二六日名古屋高等裁判所金沢支部判決)

ハ 二〇億六八七三万円の所得税法違反

懲役三年及び罰金四億円

(平成元年五月九日東京地方裁判所判決)

ニ 七億一六五五万の所得税法違反

懲役三年(執行猶予五年)及び罰金一億八〇〇〇万円

(平成元年一二月二五日東京地方裁判所判決)

2 法人税法違反事件

イ 複数法人の総額一三億九八六一万円の法人税法違反の代表者

懲役二年六月

(昭和六〇年三月一五日東京地方裁判所判決)

ロ 総額九億二三一九万円の法人税法違反の代表者(宅地建物取引業法違反を含む) 懲役二年六月

(昭和六三年一一月三〇日東京地方裁判所判決)

ハ 総額一三億六〇八二万円の法人税法違反の代表者

懲役二年

(平成元年四月二五日神戸地方裁判所判決)

右のように、判決は具体的事件によって量刑の差異があるものの、被告人福田博司にかかわる本件ほ脱税額は、所得税・法人税合計で約一一億六六七四万円であり、第一審の被告人に対する懲役二年一〇月の実刑判決は、たとえ実刑が已むを得ないとの立場に立ったとしても、右他事件と比較して余りにも重きに失しているように思われる。

第一二 最高税率の変更及び大企業によるほ脱事案との均衡

1 本件当時は、所得税法上の最高税率が七〇パーセントと最高のときであり、その後の同法の改正により税率が低下し、現在では最高税率が五〇パーセントとなっていること及び法人税法上の税率も高率のときのものであることとの対比において、被告人の量刑を考慮さるべきであると考える。

2 近時、大企業が経理操作を行って数十億円の巨額の脱税をしているケースがしばしば新聞等で報道さているが、これらについて重加算税が課せられているところを見ると仮装隠蔽行為がなされていることは間違いないところである。それにもかかわらず公訴提起を受けた例が存しないことにつき一般人も矛盾を感じているところである。それには所得も巨額でありほ脱率が低いなどの諸事情があるとはいえ、本件のような脱税者の処罰と著しく均衡を失しないよう配慮さるべきである。

第一三 その他の情状

1 被告人には、これまで前科前歴が全くないのである。

2 被告人の人柄、性格、仕事ぶり、家庭の状況等

被告人は、包容力のある優しい人柄である上、仕事に関しては銀行在職当時不動産の仕事を天職と考え、信念と責任感をもって仕事一筋に生きてきたのであり、その仕事ぶりは相手の立場に立って対応するところから、相手方より強い信頼を得て処理することができたのである。したがって、前記のとおり被告人が関与した不動産取引において、銀行にも利益をもたらし、他方、その取引においてトラブルが全く生じていないのである。なお、家庭にあっては妻と長女の三人で円満に暮らしてきているのである。

更に、被告人は今回の責任をとって銀行を退職したとはいえ、被告人には多くの先輩、知人がおり、今後これらの者の適切な指導、助言、監督を得られる情況にある。

原判決は、被告人福田博司に有利な事情として、『被告人博司は、所得税法違反につき逋脱本税、附帯税等を完納済であるほか、被告会社の法人税法違反についても、その完納のために尽力したこと、検察庁による強制捜査の開始後は、捜査公判を通じ一貫して事実関係を認め、事犯に対する反省の態度を示していること、本件の発覚により永年勤務し、それなりに貢献してきた職場である中央信託からの退職を余儀なくされたこと、すでに相当の社会的制裁を受けたとみられること、前科前歴がないこと、その家庭の事情など所論指摘の首肯できる諸点』をあげながら、結局これからの点を被告人博司のために十分に考慮しても、と判示して、被告人福田博司を懲役二年一〇月の実刑に処し、かつ、罰金二億五〇〇〇万円に処した第一審判決の量刑は併科した罰金の額や未決勾留日数の算入の点を含めて、まことに已むを得ないところであるとしている。しかし、原判決は以上詳述した被告人にとって有利な諸事情を十分考慮せず、余りにも一般予防に傾きすぎたものといわざるを得ないし、同被告人が実質上経営する被告人会社をも罰金三〇〇〇万円に処していることも問題である。

そして、以上の諸点を考慮すると、被告人福田博司の懲役刑につき執行猶予を付すべきであり、たとえ執行猶予に付することができないとしても、更生の一歩を着実に踏み出したが被告人に対し右の如く重い懲役刑に加えて多額の罰金刑を併科したのは、量刑著しく重きに失し不当であると思われる。また、以上の諸事情を考慮すると右福田博司に対し、右のような懲役刑の実刑及び罰金を科しながら被告人株式会社タマルエステートを罰金三〇〇〇万円に処したのは、実質的に被告人福田博司が経営する会社であるだけにこれまた著しく重きに失し不当であるから、原判決を破棄し、更に、適正な裁判を求めるため本件上告に及んだ次第である。

平成三年(あ)第一〇八七号

○上告趣意書

被告人 福田博司

同 福田稔

右の者に対する法人税法違反並びに所得税法違反被告事件の上告趣意は、次のとおりである。

平成三年一二月二五日

弁護人 佐藤義行

最高裁判所第三小法廷 御中

第一点 原判決には、判例違反および法令解釈の誤りがある。

一 1 第一審判決によれば「被告人福田博司(以下、「被告人博司」という。)は・・・不動産の売買及び仲介を営業目的とした被告人株式会社タマルエステート(以下、「被告会社」という。)を経営し、実際上の経営者として同社の業務全般を統括していたもの」(第一審判決二丁裏)とされており、第二審判決もこれを是認している。

2 しかして、法人税法上の役員とは、同法二条一五号で明らかなように、「法人の取締役、監査役、理事、監事及び清算人」に限らず「これら以外の者で法人の経営に従事している者のうち政令で定めるものをいう。」ものとされ、いわゆる実質基準による役員の範囲を政令に委任しているところ、法人税法施行令七条一号では、〈1〉法人の取締役、監査役、理事、監事及び清算人以外の者で〈2〉職制上使用人としての地位のみを有する法人の使用人以外の者で〈3〉法人の経営に従事している者をいわゆる「みなし役員」としているのである。

3 してみると、法人税上、上告人福田博司は上告人(被告人、控訴人)株式会社タマルエステート(以下「上告人会社」という。)の「みなし役員」に該当することとなり、法人税法三五条の適用を受けることは明らかである。

二 1 ところで、「みなし役員」を含む法人の役員が、当該法人の業種・営業目的と同一の業務を行い、かつ、当該業務執行が当該法人の営業所(本店も営業所であることはいうまでもない)内でなされた場合には、当該業務による収益(益金)は当該法人に帰属するものと認定するのが取引の真実性に合致するものというべく、所得の帰属に係る役員の主観的意図・目的によって右認定が左右されるいわれはないものと言うべきである。

何故なら、法人の役員が法人の営業目的に属する業務活動を行ったときは、法人の事業活動の実質を有する事実を認定する有力な要素だからである。

2 また、他方、所得の帰属の問題、つまり所得税の課税物件である所得について、誰が納税義務を負うかという認定の問題につき、所得税法一二条は「資産又は事業から生ずる収益の法律上帰属するとみられる者が単なる名義人であって、その収益を享受せず、その者以外の者がその収益を享受する場合には、その収益は、これを享受する者に帰属すのものとして、この法律の規定を適用する」とし、法人法一一条も同旨の規定をおいている。

この規定の趣旨については、詳論するまでもなく、つとに学説上法律的帰属説と経済的帰属説の対立がみられるところである。

最高裁判所(以下「御庁」という。)昭和三七年六月二九日判決(裁判所時報三五九号一頁)は、昭和二八年法律第一七三号によって新設された旧所得税法三条の二の実質課税の原則について、同法条制定前から税法上の条理として是認されていたもの、確認した規定である旨を判示し、同旨の判決が御庁によって繰り返されてきた(昭和三九年六月三〇日集刑一五一号五四七頁、同年九月一七日集刑一五二号八三七頁、同四〇年一一月一一日決定税務訴訟資料四九号四三三頁)ところであるが、右一連の判決をもって、御庁が法律的帰属説の立場をとられているものと解する立場が大勢を占めていると言い得る。けだし、法律的帰属説の立場は、いわば、取引の真実性を認定するもので、事実認定につきるわけであるから、旧所得税法三条の二、現行所得税法一二条の存否にかかわりなく、実質所得者課税の原則を条理上承認されたものとして所得の帰属者を判定することが許されるものと言うことになるからである。

3 そうだとすれば、法人の実質経営主体である「みなし役員」が、当該法人の本店等において当該法人の営業目的に属する業務について、収益を取得した時は、その収益の帰属主体は当該法人であるとするのが、所得税法一二条・法人税法一一条に係る右判例の具体的な適用と展開であると言わねばならない。

このことは、収入が、何人の所得に属するかは、何人の勤労によるのかではなく、何人の収入に帰したかで判断されるべき問題であり、農業による収入は、その経営主体であるものに帰したものであると、解すべきであるとした御庁昭和三七年三月一六日判決、集民五九号三九三頁や、同旨の御庁昭和三三年七月二九日判決、民集三二号一〇〇一頁にも合致する。

4 しかして、右収益の帰属に関する右各判例は、ひとり事実認定の問題ではなく、まさに所得税法一二条(旧所得税法三条二を含む。以下同じ)の解釈に係る判例であることを確認しておくことが必要かつ重要であることは言うまでもない。

三 本件について、これを見ると、いわゆる、八重洲物件及び中野物件に係る収益の帰属主体は、右各判例に照らして上告人会社であり、以下のとおり、上告人会社から上告人福田博司及び上告人会社代表取締役(第一審被告人)吉田邦弘が、それぞれ法人税法三五条にいう役員賞与を受けたものとなる。

即ち、上告人福田博司の平成元年一〇月九日付検察官調書(二通)、同人の同年一〇月一二日付(二通)、同年同月一六日付及び吉田邦弘の同年一〇月一三日付各検察官調書等のとおり、

1 (一)八重洲物件については、上告人会社と代表取締役吉田邦弘が不動産の仲介業者として株式会社住宅流通センター所有のマスヤビルテナイトの立ち退き交渉(吉田邦弘の平成元年一〇月一三日付検察官調書八丁裏)から最終所有者となった株式会社マコト企業の所有に帰するまでの一連の売買契約を仲介して、上告人会社がその都度仲介手数料収入を得ているばかりでなく、代表取締役たる右吉田邦弘は昭和六〇年九月期において金二千万円の簿外賞与も得ていること、第一審判決別紙一の「損金不算入役員賞与」欄記載のとおりである。

(二)しかるに、同じ、八重洲物件の一連の不動産売買仲介業務に係る収益の内、東京恒産株式会社より、昭和六〇年一二月収受の金五千万円、同六一年二月・三月の二回に収受した合計二億五千万円及び関東興産株式会社より収受した一億円の総計四億円について、右(一)の事実に加えて金員収受の場所が主として上告人会社であり(上告人福田博司の平成元年一〇月二一日付検察官調書一二丁裏ないし一四丁表)かつ、上告人会社の代表取締役吉田邦弘がこの中より金三千万円を簿外で受領している(上告人福田博司の同調書九丁裏より一一丁表)事実もあるのに、上告人福田博司の収益として認定判断したことは、前掲御庁判例に反して、所得税法一二条の解釈を誤った結果の事実誤認と言うべきである。

(三)よって、右総計四億円は上告人タマルエステートの益金の額に算入されるのが、法人税法二二条四項にいう「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準」であると言わねばならない。従って、第一審判決及びこれを正当として是認する結果をもたらした第二審判決は、法人税法二二条四項の解釈適用を誤った違法をも侵している。

(四)なる程、上告人福田博司は右総計四億円のうち、昭和六〇年に収受した金五千万円、昭和六一年中に収受した合計金三億五千万円は上告人会社より簿外の役員賞与を受領したことにはなる。

しかし、決して、東京恒産株式会社や関東興産株式会社から上告人福田博司が収受した金員とはならないこと、所得税法一二条及び前掲各判例に照らして明らかである。

(五)さすれば、上告人福田博司の昭和六〇年中の収入の内、右金五千万円及び昭和六一年中の収入の内右金三億五千万円については、上告人会社がみなし役員に対する賞与(給与所得)の支払い者として、所得税の源泉徴集義務ならびに納付業務を負担するものであり(所得税法第四編第二章・国税通則法第二章第一節等)、この支払い者の徴収ならびに納付義務は、納税義務者たる給与等の支払者または課税庁のいずれによる手続をも要することなく税額が確定する(国税通則法一五条三項)、いわゆる税額の自動確定であること、御庁昭和四五年一二月二四日判決(民集二四巻一三号二二四三頁)のとおりであり、給与等の受給者は、現実に給与等の支払いを受ける際に、所得税の源泉徴収をされたか否かを問わず、正当な源泉徴収税相当額は課税総所得金額に対する所得税額より控除して申告所得税額たる納付すべき税額を申告し、確定し、納付することになる。(所得税法一二〇条一項)。

(六)よって、上告人福田博司の昭和六〇年分の逋脱税額計算書(第一審判決別紙6)の雑所得金額のうち、右金五千万円は過大に計上されているので、これを減額し、同額を給与所得金額に加算し、所定の所得控除をした上、これに対応する源泉徴収税額を産出して、課税総所得金額に対する所得税額から、右源泉徴収税額及びその他の源泉徴収税額を控除した後の金額が逋脱税額に外ならないのである。従って、原審の昭和六〇年分の逋脱所得税額の算定は、右の限度で過大に認定した違法を結果していること明らかである。

(七)また、上告人福田博司の昭和六一年分の逋脱税額計算書(第一審判決別紙8)についても前同様雑所得のうち三億五千万円が過大に計上されているので、これを減額し、同額を給与所得金額に加算し、所定の給与所得控除をし、これに対応する源泉徴収税額を算出し、課税総所得金額に対する所得税額から右源泉徴収税額(その他の源泉徴収税額を含む)を控除した額のみが、逋脱所得税額に外ならない。従って、原審の昭和六一年分の逋脱所得税額の算定は、右三億五千万円に対応する源泉徴収税額を控除しなかった限度で過大な逋脱税額を認定した違法がある。

2 (一)中野物件についても、同土地上の家屋の借家人高尾ツヤ及び株式会社松の木の立ち退き交渉については、上告人会社の代表取締役吉田邦弘があたり(吉田邦弘の平成元年一〇月一一日付検察官調書一三丁裏)、同人と上告人福田博司及び上告人会社の取締役であった上告人福田稔の三名が相談関与しており、更に右吉田邦弘は、この中の物件の立ち退き交渉について上告人会社より、二千五百万円の役員賞与まで受領している(第一審判決別紙3損金不算入役員賞与。なお、検察官冒頭陳述書別紙株式会社タマルエステートほ脱所得の内訳明細番号7、同9参照)。

(二)かかる上告人会社の立ち退き交渉及び不動産仲介業務に係る収益を上告人会社に帰属する益金の額と、同会社の「みなし役員」たる上告人福田博司の収入金額とに分割・区分することは、所得税法一二条・法人税法一一条に照らして到底許されないものであること、既に述べたところから明らかである。

(三)してみると、上告人福田博司の昭和六一年分の雑所得の収入金額とされた中野物件に係る一億三千万円は、上告人に帰属するものといわねばならない。

(四)しかして、上告人福田博司は同額を上告人会社より賞与として受領したものに外ならないから、右役員賞与に対する所得税の源泉徴収税額の算出及び昭和六一年分の課税総所得金額に対する所得税額から右源泉徴収税額を控除した額が逋脱所得税額となる。この点については、八重洲物件に係る三1の(五)ないし(七)と同様であるので、ここにこれを援用する。

(五)これを要するに、原判決は、上告人福田博司の昭和六一年分の逋脱所得税額については、三1の(七)及び右三2の(四)のとおり合計金四億八千万円の賞与(給与所得)を雑所得と認定し、かつ、右賞与に係る源泉徴収税額を控除しなかったことにより、過大な逋脱所得税額を算出・認定したものと言わねばならない。

而して、右、両年の過大な逋脱所得税額の算定・認定は、前掲各判例違反であると共に、法人税法二二条四項の解釈適用の誤りに基づくものでもあること既に述べたとおりであるから、原判決は破棄されるべきものである。

第二点 原判決は判例に違反し(最高裁判所の判決がない判例についての高等裁判所の判例を含む)、かつ、法令の解釈にあやまりがあるので、破棄されるべきである。

一 1 上告人福田博司の本件所得税法違反は、昭和六〇年分及び同六一年分のいずれについても、雑所得があったのに拘らず、所得税を免れようと企てて所得を秘匿したうえ、右各年分の所得税確定申告書を各法定申告書を各法定申告期限までに所轄税務署長に提出せずして、右期限を徒過させ、もって、不正の行為により所得税を免れたというにあり(第一審判決四丁裏より五丁表、同別紙5ないし8)、上告人福田稔は、その共同正犯とされているものである。

2 ところで、所得税法は、法人税法と異なり、所得を、その発生源泉ごとに一〇種類に分類し、各所得の種類ごとに所得の計算をしたうえ、山林所得、退職所得を除く八種類の所得を総所得金額として、一つの課税標準とする(所得税法二二条一項)。

これ所得の種類ごとに担税力に相違があることに着目した所得課税体系であること詳論するまでもない。

3 しからば、雑所得とはいかなる所得であるかにつき、所得税法三五条一項は「雑所得とは、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得及び一時所得のいずれにも該当しない所得をいう。」と規定している。つまり、一〇種類の所得区分のうち、九種類のいずれにも該当しない所得を雑所得としているわけである(但し、同条二項一号の公的年金は、従前給与所得としていたものを給与所得控除以上に高額な控除を認めるために政策的に雑所得に入れたもの)。

このことは、雑所得であるとして所得計算をするためには、他のいずれの所得分類にも該当しないか否かを検討する必要があることを意味する。

4 また、雑所得の意義を検討するについては、所得税法六九条一項により雑所得には損益通算が認められないものとされる特殊、例外的取扱いがなされているという点に留意することが必要である。その理由は、「所得がその性質により担税力を異にし、担税力に即した公平な課税を行うために所得をその性質ごとに分類したうえ、その担税力に適した計算方法と課税方法を定める必要があることに由来し、雑所得と他の所得の間には、所得の発生する状況に差異があり、雑所得においては、多くは余剰資産の運用によって得られるところのものであり、その担税力の差に着目すれば、雑所得に他の所得との損益通算の規定がないことにはそれ相当の合理性を認めることができる」(福岡高裁昭和五四年七月一七日判決、訴務月報二五巻一一号二八八八頁)との判決にも示されているとおり、雑所得の典型として考えられるのは、所得税法基本通達三五条一項によれは〈1〉法人の役員等の勤務先に預けた金の利子〈2〉学校債の利子〈3〉公社債の償還差益又は発行差金等の如く、正に資産運用によって生ずる果実であるから、配当所得と同様(利子所得の損失というのはあり得ない)損益通算は認められないというのが立法趣旨の根幹をなしていたものとも解されないではない。

5 しかし、所得税法は、「所得」の概念規定を設けず、かつ同法三四条一項が所得税法二三条ないし三四条に規定された各所得以外の所得は全て雑所得と規定していることから、無限定な包括概念であるとも解されなくはない。しかし、かくては租税法律主義の派生原則の一つである課税要件明確主義の要請に背反し、憲法八四条違反となる虞れがあるから、雑所得の範囲は明確かつ厳格に解釈されなければならないところである。

現に、我国の課税実務においては、帰属地代・家賃を雑所得として課税した例を見ないと言われているが、自己の財産の使用若しくは占有から生ずる利益も「経済的利益」であることは確かであるから、雑所得が包括概念であるとせば、これにあたることになる。西ドイツ所得税法二条(1)5及び二一条(2)は、自己所有家屋の住居用益価額を明文をもって課税所得として現に課税し、イギリスは一九六三年、フランスは一九六五年に帰属家賃を課税所得から除外したが、他の多くのEC諸国では、帰属家賃に課税している。

我国の現行課税実務が帰属家賃所得に課税していないのは、所得税法三六条一項にいう「収入金額」とは元来「他から受けるもの」をいうと観念されてきたことによる。

しかし、「他から受けるもの」に限らないとするのが御庁昭和五〇年五月二七日判決(民集二九巻五号六四一頁)である。

してみると、我国の雑所得をして無限定な包括概念であるとせば、帰属家賃が課税所得を構成しないとの実定法上の根拠はないのであるから、自己所有家屋を居住用に使用している者は全てこの帰属家賃について申告漏れをしていることになる。

かくては、我国の納税義務者は雑所得と言う化け物の存在によって常に、過少申告の汚名をきせられるやも知らず、法的安定性に欠けること論を待たない。

以上の次第で、雑所得の意義・範囲につき、合憲たり得るためには、他の九種類の所得、とりわけ一時所得の概念との相関関係においてその意義を明らかにする必要がある。

二 しかるところ、第二審判決は、次の如く判示している。

1 「ところで、所得税法三五条一項は、「雑所得とは、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡及び一時所得のいずれにも該当しない所得をいう。」と規定しているところ、本件分配金収入が、右に列挙された利子所得から譲渡所得までの八種類の所得(以下「八種類の所得」という。)のいずれにも該当しないことは明らかである。

そこで、本件分配金収入が一時所得に該当するか否かについて検討するに、同法三四条一項は、「一時所得」とは、八種類の所得以外の所得のうち、「営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得で労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないものをいう。」と規定している。すなわち、「一時所得」といえるためには、当該所得が、八種類の所得以外の所得であることを当然の前提として、更に、それが、〈1〉営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得であること及び〈2〉労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないものであることの二つの要件を具備することが必要であり、そのいずれかの要件を欠く場合には、当該所得は「雑所得」に当たることとなるのである。

これを本件についてみるに、本件分配金収入は、被告人博司において自己が中央信託の業務として行う不動産売買取引についての情報を前示不動産業者四社に提供し、右四社を仲介業者として右取引に関与させて利益を取得させ、その見返りとして右利益の一部を自己に還流させていたものであるから、情報提供及び取引関与の便宜提供という役務の対価としての性質を有するものであり、前示〈2〉の要件を欠くことが明らかであって、一時所得には該当せず、雑所得に期するものと解するのが相当である。」(四丁裏より五丁裏)

しかしながら、上告人福田博司が現実かつ具体的に提供した役務の時間の長短、時間的、場所的拘束等に比すれば「情報提供及び取引関与の便宜提供という役務の対価」としては、高額であり、対価性はなく、むしろ、右四社が高額な利益を得たことに起因して上告人福田博司に金員の贈与をなしたものに外ならないと解するのが相当である。

2 更に、右判決は、次の如くもいう。

「雑所得の中に資産運用の果実とみられるものが含まれていることは所論のとおりとしても、雑所得の概念は、これに尽きるものではなく、これを含んで更に多様な広がりを持つ包括的かつ広汎なものである。そのことは、同法三四条一項の文理に即してみても、〈1〉営利を目的とする継続的行為から生じた所得であって事業所得等以外のもの、〈3〉資産の譲渡の対価としての性質を有する所得であって譲渡所得等以外のものなどは総て一時所得に当たらず、雑所得に当たると解されることからも明白である。」

右判示は、正に雑所得は、広汎かつ包括的なものであるとするものである。しかし、その他の所得としての雑所得の概念が意味をもつのは「所得」概念自体が明記されている場合であって、「所得」の外延が不明確なままで「その他の所得」と規定することは租税明確主義に反することになる。このことは、先に一例として挙げた帰属家賃の所得を考えただけでも明らかである。

3 また右判決は、租税法律主義と雑所得との関係については、次の如く判示している。

「同弁護人は、「所得」について明確な概念規定を持たない所得税法の下において、八種類の所得及び一時所得に当たらないその他の所得一切を「雑所得」という包括条項に含ませることとしても、その範囲は極めて厳格に解すべきであり、一時所得と解すべき余地のある本件分配金収入まで雑所得に含める解釈は租税法律主義に反するものといわざるを得ないと主張する。

所得税法が「所得」を定義する規定を設けておらず、また、講学上「所得」概念について諸説の対立のあることは明らかである。しかし、だからといって、所論のように「雑所得」の範囲を厳格、かつ制限的に解釈すべきであるということにはならないのであって、明確にする必要があるのはむしろ「所得」の概念そのものであり、これが明確である限り、八種類の所得及び一時所得以外の所得一切を「雑所得」に含めることは何ら概念の不明確を招くものではない。そして、所得概念について如何なる説を採ろうとも、本件分配金収入が被告人博司の「所得」に当たることは明らかであるから、前示のとおりこれが八種類の所得及び一時所得に当たらないと解される以上、これを「雑所得」に当たると解することは何ら租税法律主義に反しないというべきである。」

というのであるが、果たしてそうであろうか。上告人福田博司の本件収入・所得が雑所得以外の他のいかなる所得の種類・区分にも当たらないものであるが「所得」であるから雑所得に当たるという考え方が、まかり通るためには、「所得」の概念が明確に規定されていなければならない。されないと前記帰属家賃の例を引くまでもなく、国民の租税法における法的安定性は期せられない。

三 弁護人は、本件「所得」が一時所得であり、かつ原判決は従前の高等裁判所判定に違反するものであると思料するので以下その理由を述べる。

1 名古屋高等裁判所金沢支部昭和四三年二月二八日判決(昭和四〇年行コ第二号・税務訴訟資料第五二号三三七頁は、

「旧所得税第九条第一項第九号にいう「前各号以外の所得で営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時所得」とは右前各号に規定する如き、所得源泉を有する所得以外の所得の趣旨と解すべきであり、従って所得発生の基盤となる一定の源泉から繰り返し収得されるものは一時所得ではなく、又逆に右の如き所得源泉を有しない臨時的な所得は一時所得と解するのが相当である。しかしながら或行為若しくは状態が所得源泉とみられるかどうかは、結局所得の基礎の源泉性、恒常性によって区別するよりほかはない。」

「従って、所得の基礎が所得源泉になり得ない臨時的、不規則的なものであれば、所得源泉と認められる程度にまで強度に連続するなら格別、たとえこれが若干連続してもその性質は一時所得としての性質に変わりはないものであり、前記控訴人主張の通達はこの趣旨に理解すべきであるが、これに反し、一回的な行為としてみた場合所得源泉とは認め難いものであっても、これが連続して継続的行為となるに及んで所得源泉とみられるに至る場合即ち所得が質的に変化する場合のあることも否定することはできない。」と判示し、名古屋高等裁判所昭和四三年二月二八日判決(行裁例集一九巻一・二号二九七頁は、

「旧所得税法第九条第一項第九号にいう『前各号以外の所得で営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得』とは右前各号に規定する如き、所得源泉を有する所得以外の趣旨と解すべきであり、従って所得発生の基盤となる一定の源泉から繰り返し収得されるものは一時所得でなく、又逆に右の如き所得源泉を有しない臨時的な所得は一時所得と解するのが相当である。しかしながら或行為若しくは状態が所得源泉とみられるかどうかは、結局所得の基礎の源泉性、恒常性によって区別するよりほかはない。従って結局一時所得とは、・・・その所得が前各号に規定する定型的所得源泉を有する所得や、その他営利を目的とする継続的行為から生じたいわゆる所得源泉ある所得以外の所得を指すものであって、右所得源泉の有無は、所得の基礎に源泉性を認めるに足る継続性、恒常性があるか否かが基準となるものと解するのが相当である。」

というのである。

2 右両判決は旧所得税法九条一項九号の一時所得に関するものであるが、現行所得税法三四条の一時所得と条号が異なるのみであるから、その意義・概念においても所得税法上の位置づけにおいても異なるものではない。

してみると右両判例は一時所得とは、所得源泉を有しない臨時的な所得・所得源泉としての基礎が所得源泉になり得ない臨時的・不規則なものを指すということになる。

そして臨時的・不規則なものであれば、たとえこれが若干連続しても一時所得としての性質は替わらない、という判示も看過し得ない重要な判示である。

そうだとすれば、原判決は雑所得が「多様な広がりを持つ包括的かつ広汎なものである」ことに着目するの余り一時所得の意義概念につき右判例に反する判決としたと言わざるを得ないのである。

3 上告人福田博司の本件収入・所得が、上告理由第一点に述べた如く、上告人会社からの役員賞与でないとせば、果たして原判決の判示する如く、雑所得であるか否かについて右両判決の判示要件に照らして検討してみる。

(一)上告人福田博司の本件収入は、昭和六〇年分につき関東興産株式会社・東京恒産株式会社及び株式会社日地の三社であり、昭和六一年分につき右三社と日本軽工株式会社が加わって四社である。

(二)上告人福田博司は、昭和五二年一月中央信託銀行藤沢支店次長、同五五年六月同新宿支店次長を経て同五七年六月同本店不動産営業部次長となったことに照らしても不動産営業部所属が長期間かつ継続的に及ぶ職制上のポストではないことは、一般の労働者と異なるものではなく、また同銀行は不動産の仲介を営業目的の一つとするが売買の当事者となることもない。

(三)また、関東興産株式会社は、中央信託銀行の取引先でもなかったのであり、東京恒産株式会社に至っては、関東興産株式会社の武捨義隆の紹介・関与によって偶々知るところとなったに過ぎない。

株式会社日地も上告人福田博司にとって、同銀行における継続的取引に係る顧客ではなく、第一銀行勤務時代の同僚であったにとどまる。

日本軽工株式会社は、その社長である田山善一郎と上告人福田博司の弟である上告人福田稔とが知り合いということで知り合ったものであり、それ以上の関係ではない。

(四)してみると、これら四社からの金員の授受は、恒久的・継続的な所得源泉から生じたものではなく、所得の基礎に源泉性を認めるに足りる継続性・恒常性は認められない。

(五)偶々不動産取引が活発であった、いわゆるバブル景気の中で上告人福田博司がこれら四社に情報を提供し、不動産取引に関与の機会を与え、これによって利益を得た右四社が上告人福田博司に金員の贈与をしたものであって、同人の役務提供に比例し、対応する対価たる性質も有しないこと、役務提供の度合い、役務提供に要した時間的・場所的拘束力等を考えれば自明のことである。

果してしからば、本件収入は前記名古屋高等裁判所金沢支部(この判決に対する御庁判決を見出し得なかったが、上告棄却と言われているので、御庁判例でもあると言えると思われる)及び名古屋高等裁判所の両判例による一時所得の要件に照らして正に一時所得であって雑所得ではない。

以上の次第で原判決は右両判例に反して一時所得を雑所得とした反判違反があるので破棄を免れないものと言うべきである。

以上

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